海外駐在員の給与設計と社会保険の基本について

  • お役立ちコラム海外進出

海外進出をご検討されている企業の人事ご担当者様へ。

グローバル展開を成功させるには、海外駐在員の適切な給与設計や複雑な社会保険の取り扱いを理解することが不可欠です。

本記事では、海外赴任における人事・労務管理の基本を分かりやすく解説し、貴社のスムーズな海外進出をサポートいたします。

【課題】海外駐在員の人事・労務管理はなぜ難しいのか

企業が海外進出をする際、駐在員の派遣は避けて通れない道です。しかし、国内勤務とは異なる様々な課題に直面することが少なくありません。

  • 異なる法制度への対応:赴任先の国と日本の両方の法律、慣習を理解し、適切に対応する必要があります。特に労働法や税法は国によって大きく異なるため、注意が必要です。
  • 複雑な税務・社会保険の取り扱い:駐在員個人の税金や社会保険料が日本と現地でどのように扱われるのか、二重課税や無保険状態のリスクを避けるための専門知識が求められます。
  • 適切な給与水準の設定とモチベーション維持:現地の物価や生活水準、さらに治安なども考慮し、駐在員が安心して業務に専念できる給与水準を設定することが重要です。不公平感はモチベーション低下につながりかねません。
  • 海外赴任規程の整備の重要性:上記の複雑な要素を網羅し、明確なルールを定めた赴任規程がなければ、予期せぬトラブルや従業員との認識のズレが生じる可能性が高まります。

【制度のポイント】日本の社会保険・税務の基本理解

海外駐在員の給与設計や社会保険の取り扱いを検討する上で、まずは日本の制度がどのように適用されるのか、その基本を理解することが大切です。

1.健康保険・厚生年金保険の継続性

日本の企業から海外へ派遣される駐在員は、原則として日本の健康保険と厚生年金保険の被保険者資格を継続することが多くあります。これは、日本の事業所に籍を残し、日本の企業からの指揮命令下で勤務する形態の場合に該当します。

  • 保険料の算定:保険料は、日本での給与に加え、海外勤務手当などを含めた「標準報酬月額」に基づいて算定されます。
  • 海外療養費制度:赴任先の海外で病気やケガで治療を受けた場合でも、日本の健康保険制度が定める「海外療養費」の支給対象となる可能性があります。一時的に費用を立て替え、帰国後に手続きを行うことで、払い戻しを受けることができる場合があります。
  • 社会保障協定による二重加入の防止: 赴任先の国でも社会保険への加入が義務付けられている場合、保険料の二重払いが発生するリスクがあります。しかし、日本と「社会保障協定」を締結している国への赴任であれば、日本年金機構(年金事務所)で所定の手続きを行うことで、相手国での加入が免除される場合があります。

2.雇用保険の取り扱い

雇用保険については、駐在員の雇用形態(出向か転籍か)によって適用が異なります。

  • 適用が継続される場合(出向): 日本の企業と雇用関係を維持したまま、海外支店や現地法人へ出向(赴任)する駐在員の場合、海外勤務であっても原則として日本の雇用保険が継続して適用されます。
  • 適用対象外となる場合(転籍など):一方で、日本の企業を完全に退職して現地の企業へ「転籍」する場合や、現地で直接採用された従業員については、日本の雇用保険の適用対象外となります。

個別の判断に迷う場合は、管轄のハローワーク(公共職業安定所)にご確認いただくことをおすすめいたします。

3.労災保険の特別加入制度

海外での業務中に万が一の事故が発生した場合に備え、労働者災害補償保険(労災保険)の備えも重要です。

  • 海外派遣者の特別加入制度:通常、労災保険は日本の事業所で働く人が対象ですが、海外に派遣される労働者の安全を確保するため、「海外派遣者の特別加入制度」が設けられています。この制度を利用することで、海外進出に伴う海外での業務災害に対しても、日本の労災保険による補償を受けることができるようになります。
  • 手続き:事業主が労働基準監督署に申請を行うことで、対象となります。

4.税務(日本の所得税)の考え方

海外駐在員の税務上の取り扱いは、「居住者」か「非居住者」かによって大きく異なります。

居住者と非居住者の区分:

  • 所得税法では、国内に「住所」を有し、または現在まで引き続いて1年以上「居所」を有する個人を「居住者」、それ以外の個人を「非居住者」と定めています。海外に1年以上滞在する予定で赴任する駐在員は、一般的に「非居住者」となることが多いでしょう。

課税範囲の違い:

  • 居住者:国内外すべての所得に対して日本の所得税が課税されます(全世界所得課税)。
  • 非居住者:日本国内で発生した所得(国内源泉所得)に対してのみ、日本の所得税が課税されます。
  • 海外勤務の給与:非居住者となった場合、海外での勤務の対価として現地で支払われる給与は、原則として日本の所得税の国内源泉所得には該当しないため、日本の所得税は課税されないことが一般的です。ただし、日本国内での勤務に対する給与や、日本の法人からの役員報酬などは、国内源泉所得として課税対象となる場合があります。
  • 租税条約:日本と多くの国との間には「租税条約」が締結されており、二重課税の排除や脱税の防止が図られています。これにより、どちらの国で課税されるか、あるいは軽減されるかなどが定められています。

5.海外赴任規程の重要性

これら社会保険や税務の複雑な問題を適切に処理し、かつ従業員のモチベーションを維持するためには、体系的な海外赴任規程の整備が不可欠です。

  • 給与体系:日本基準、現地基準、併用型など、企業の方針に応じた給与体系を明確に定めます。
  • 各種手当:住宅手当、子女教育手当、ハードシップ手当(生活環境の厳しさに対する手当)など、海外勤務特有の手当を整備します。
  • 社会保険料・税負担:日本および現地の社会保険料や税金の負担割合、タックスイコライゼーション(税負担平準化)の有無などを明確にします。
  • 福利厚生:一時帰国旅費、赴任・帰任旅費、医療サポート、安全管理など、駐在員と帯同家族が安心して生活できるようなサポート体制を規定します。

【会社がとるべき対策】トラブルを未然に防ぐために

海外駐在員の人事・労務管理におけるトラブルを未然に防ぎ、貴社の海外進出を成功させるためには、以下の対策が考えられます。

1.明確な海外赴任規程の策定

曖昧な規程は、トラブルの元になりかねません。給与、手当、社会保険料、税負担、福利厚生、休暇、危機管理など、あらゆる項目を具体的に盛り込んだ、明確で公平性のある海外赴任規程を策定することが重要です。社会情勢の変化や法改正(2026年3月6日時点では特に大きな改正は予定されていませんが、今後の動向にも注目しましょう)に応じた定期的な見直しも欠かせません。

2.専門家(社会保険労務士、税理士)との連携

海外の人事・労務管理は、日本の社会保険労務士、税理士に加え、赴任先の国の専門家との連携が不可欠です。国ごとの法律や慣習、租税条約の適用関係など、最新かつ正確な情報を基に、最適な制度設計を共に検討することをおすすめいたします。

3.定期的な見直しと従業員への丁寧な説明

社会情勢の変化や法改正、あるいは現地での生活環境の変化に応じて、海外赴任規程は定期的に見直す必要があります。また、駐在員やそのご家族に対し、赴任前はもちろん、赴任中も規程の内容や制度について丁寧な説明を繰り返し行うことで、安心して業務に集中できる環境を整え、エンゲージメントを高めることにもつながります。

4.リスク管理と安全配慮義務の徹底

海外赴任では、現地の治安や医療体制、自然災害など、様々なリスクが考えられます。企業は、労働契約法に基づく安全配慮義務を果たすためにも、現地の情報収集を徹底し、緊急時の連絡体制や対応策を整備しておく必要があります。

【まとめ】

  • 海外進出に伴う海外駐在員の人事・労務管理は、多岐にわたる専門知識を要し、非常に複雑です。
  • 健康保険・厚生年金保険は継続されるケースが多い一方で、雇用保険は適用対象外となる可能性も考慮が必要です。
  • 労災保険には「海外派遣者の特別加入制度」があり、活用が推奨されます。
  • 税務上は「非居住者」となることで日本の所得税の課税範囲が変わることを理解し、租税条約も確認することが大切です。
  • これらの制度を網羅し、従業員が安心して働ける環境を整えるためには、明確な海外赴任規程の策定が不可欠です。
  • 専門家との連携により、法令遵守と従業員のモチベーション維持の両立を図りましょう。

ご不明点やご不安な点があれば、是非当事務所へお問い合わせください。

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