M&Aは企業の成長戦略において非常に有効な手段ですが、買収後に予期せぬ労務リスクが顕在化し、経営に大きな影響を与えるケースも少なくありません。
「実務チェックリスト」として活用いただけるよう、買収前に必ず確認すべき労務デューデリジェンスの主要な10項目を詳しくご紹介します。
これらの項目を事前にしっかりと確認することで、M&Aに伴う潜在的なリスクを評価し適切な対応策を講じることにつながります。
1. 労働契約・労働条件の適法性
(課題)
労働契約書や労働条件通知書に不備があったり、労働条件が不明瞭なままで運用されていたりすると、後々のトラブルの原因となる可能性がございます。
(ポイント)
労働基準法や労働契約法に基づき、労働条件は書面で明示することが法律で定められています。特に、賃金や労働時間、就業場所などの基本的な労働条件は、雇用開始時に書面で交付し明確にしておくことが求められます。
(対策)
- 対象企業の労働契約書、労働条件通知書の内容を詳細に確認いたします。
- 雇用形態(正社員、パート・アルバイト、契約社員など)ごとに、契約内容が適切であるか現行の法令に準拠しているかを確認します。
2. 未払い賃金・残業代のリスク
(課題)
労働時間の不適切な管理や固定残業代の運用不備、管理監督者の範囲の誤解などから、多額の未払い賃金が発生しているケースがございます。
これはM&A後に大きな財務リスクとなる可能性をはらんでいます。
(ポイント)
労働基準法に基づき賃金は全額、毎月1回以上、一定期日を定めて支払うことが法律で定められています。
時間外労働や休日労働、深夜労働に対する割増賃金も適切に支払う必要があります。
時間外労働の上限規制は2024年4月1日より全ての中小企業にも適用されており、これに違反すると罰則の対象となる場合がございます。
(対策)
- 勤怠管理システムやタイムカードの記録、賃金台帳を確認し、実際の労働時間と賃金支払いの状況を検証いたします。
- 固定残業代制度が導入されている場合、その適法性や運用実態、管理監督者の要件を満たしているかなどを確認します。
3. 就業規則・各種規程の整備状況
(課題)
就業規則が未作成であったり法令に適合していなかったり、従業員への周知が不足していたりすると、労働条件の曖昧さや労使間のトラブルにつながる可能性がございます。
(ポイント)
従業員が10人以上いる事業場では、就業規則を作成行政政官庁に届け出る必要があることが労働基準法で定められています。
また、作成した就業規則は従業員に周知することが法律で義務付けられています。
(対策)
- 現行の就業規則や賃金規程、育児介護休業規程などの各種規程の内容を確認いたします。
- 最新の法令(例:2024年4月1日より施行された労働基準法改正、同一労働同一賃金関連など)に準拠しているか従業員への周知状況も確認します。
4. 社会保険・労働保険の加入状況
(課題)
社会保険(健康保険・厚生年金保険)や労働保険(雇用保険・労災保険)の未加入、加入漏れ、または保険料の計算誤りなどがある場合買収後に追徴金が発生するリスクがございます。
(ポイント)
法令で定められた適用事業所は、健康保険、厚生年金保険、雇用保険、労災保険に加入し、適正に保険料を納付することが求められています。また、短時間労働者に対する社会保険の適用拡大など最新の法令に準拠しているか確認が必要です。
(対策)
- 対象企業の被保険者資格取得届や喪失届の提出状況、保険料の納付状況を確認いたします。
- 特に、短時間労働者への社会保険適用が適切に行われているかなど最新の法令に準拠しているかを確認します。
5. 労働安全衛生・健康管理体制
(課題)
健康診断の未実施、長時間労働対策の不備、ストレスチェックの未実施、産業医選任義務違反などがある場合、労働安全衛生法違反となる可能性があり従業員の健康を害するリスクもございます。
(ポイント)
労働安全衛生法に基づき事業者は従業員の健康と安全を確保する義務があります。
定期健康診断の実施や一定規模以上の事業場での産業医の選任、ストレスチェック制度の導入などが求められています。
(対策)
- 定期健康診断の実施状況、産業医選任の有無、ストレスチェック制度の導入状況などを確認いたします。
- 長時間労働者の面接指導の実施など健康管理に関する記録や体制を検証します。
6. ハラスメント対策と労使トラブル
(課題)
ハラスメント相談窓口が設置されていなかったり、防止規程が不備であったりする場合、ハラスメント事案が発生した際に適切な対応が取れず企業の信頼性を損なう可能性がございます。
また、過去の労使トラブルが未解決の場合も買収後のリスクとなります。
(ポイント)
職場におけるハラスメント防止措置は、男女雇用機会均等法、育児介護休業法、労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)により全ての企業に義務付けられています(2022年4月1日より中小企業にも適用)。
(対策)
- ハラスメント相談窓口の設置・運用状況、防止規程の整備状況を確認します。
- 過去のハラスメント事案やその他の労使トラブルの発生状況、およびその対応履歴を検証します。
7. 育児介護休業制度の運用状況
(課題)
育児介護休業制度が未整備であったり、取得実績が不足していたり、育児休業給付の申請に不備があったりする場合従業員のワークライフバランスに影響を及ぼし企業イメージを損なう可能性がございます。
(ポイント)
育児介護休業法に基づき、従業員が育児や介護と仕事を両立できるような制度を整備・運用することが求められています。2022年10月1日には「産後パパ育休」が施行されるなど男性の育児休業取得促進に向けた改正も行われています。
(対策)
- 育児介護休業規程の整備状況や、実際の取得実績を確認いたします。
- 2022年10月1日施行の「産後パパ育休」に関する規程整備や育児休業給付金申請の適切性などを検証します。
8. 労働組合・従業員代表との関係
(課題)
労働組合との団体交渉の経緯や労使協定(36協定など)を締結する際の従業員代表の選出方法が不適切であった場合労使関係に亀裂が生じ、経営に支障をきたす可能性がございます。
(ポイント)
労働組合法に基づき、労働組合は団体交渉権を有します。また、労働組合がない場合でも、労使協定(時間外労働・休日労働に関する協定である36協定など)の締結には従業員代表が必要です。
(対策)
- 労働組合の有無、団体交渉の履歴、団体協約の内容を確認いたします。
- 従業員代表が労働者の過半数を代表する者として適正に選出されているか労使協定の締結・届出状況を検証します。
9. 多様な働き方への対応
(課題)
フレックスタイム制やテレワーク制度、副業・兼業に関する規程の不備や運用実態が法令に適合していない場合予期せぬリスクにつながる可能性がございます。
(ポイント)
労働者の多様な働き方に対応するため柔軟な制度設計が求められています。これらの制度を導入する際は、労働基準法や関連法令に則った適切な規程整備と運用が必要です。
(対策)
- フレックスタイム制やテレワーク、副業・兼業に関する規程の整備状況と運用実態を確認いたします。
- 関連する労使協定が適切に締結・届出されているかを確認します。
10. 外国人雇用の適法性
(課題)
外国人従業員の在留資格が不適格であったり、労働条件が不適法であったり、不法就労者がいる場合企業のコンプライアンス上の大きなリスクとなります。
(ポイント)
出入国管理及び難民認定法(入管法)や労働基準法に基づき外国人雇用には特定の在留資格が必要であり、日本人と同等の労働条件を適用することが求められます。
また、外国人雇用状況の届出も法律で義務付けられています。
(対策)
- 外国人従業員の在留カードの確認、在留資格の適切性、期限の管理状況を確認いたします。
- 労働条件通知書の内容が日本人従業員と同等でありかつ法令に準拠しているかを検証します。
—
【まとめ】
M&Aにおける労務デューデリジェンスは、買収後の円滑な事業運営とリスク回避のために欠かせないプロセスです。今回ご紹介した10項目は、対象企業の労務管理体制を深く理解し、潜在的なリスクを特定するための重要なチェックポイントとなります。これらの確認を怠ると、予期せぬ未払い賃金債務や法的紛争、企業イメージの低下といった重大な問題に発展する可能性があります。M&Aを成功に導くためには、専門家である社労士のサポートも活用し詳細かつ正確なデューデリジェンスを実施することが非常に重要と言えるでしょう。
ご不明点やご不安な点があれば是非当事務所へお問い合わせください。
